偶然とは...
『必然』の対義語である『偶然』は、非常に意味深で考えれば考えるほど、その重みが感じられるかと思います。『偶然性』、それは、『偶然という確率的概念を含んだ性質』といえますよね。
ところで、あなたは『偶然』は恣意的に作り出す事が可能であると考えますか?
結論から言えば、『建前は非決定論で支配されているけど、本音は決定論で支配されている』ってことになるのではないでしょうか。
果たして、形の整ったサイコロを振ると誰が振っても、特定の目がでる確率は六分の一になるのでしょうか…。
これは、理論の場合、つまり数学ならば、どの目もでる確率は六分の一となるでしょう。しかし、実際はサイコロを振るのが不器用で本当にランダムに目が出る人や意図的に目を出せる人もいないわけではないのです。
あくまで、数学は人間の頭の中での理論であって、イデア界(理想世界)のものです。
確かに、理論と実験結果をつなぐ橋渡し役の代表格が『数学』であることは間違いないのですが、数学をもってしても『偶然』は作り出せないでしょう。
何故、つくり出せないのかといえば、それは一見偶然に見えるある出来事は、実際は数学的には裏が取れていて、すべて分っていることに起因します。
つまり、もとを辿れば、決定論者の立場を踏んでいるということになるでしょう。
更に、物理的装置を用いても、『偶然』は作り出せません。
人間が作ったものである以上、プログラムに従って機械は命令を受けるわけですから、偶発性の発生は考え難いです。
では、自然界に偶然があるのか…とみていくと、ミクロ世界にはどうやら『ありそう』って思えるような実験結果があります。
かなり有名なのでご存知の方が多いと思いますが、(粒子の)ランダムウォークです。
今のところ量子力学が説明するように、(粒子は)『不規則』に運動し、完全にその動きは偶然によるものであるとされているようです。
しかし、このことは絶対そうであるとは言い切れません。
何せ科学は仮説の宝庫ですからね(←とある著者が言ってましたが…w)
一方で、アインシュタインも『神はサイコロを振らない』と、光量子仮説を提唱しておきながら、決して認めようとはしませんでした。
まあ、それはずっと決定論のもとに物理学が記述されているのに、突然、まがいもののような物理の一分野(量子力学)が誕生したのですから無理はないのでしょうけれど。
今、物理学の世界で究極の目標となっていることは『量子力学』と『相対性理論』の統一です。
これは一般的には『量子重力理論』と呼ばれますよね。
これが完成されるならば、今まで見えていた闇が一気に晴れることは無論間違いないでしょう。
ここで話を逸らしますが、今期、量子力学を3コマ分履修することを決めました。
勿論、特殊&一般相対論も履修してますが、やはり量子力学の散乱理論の方は少し厄介と最近思うようになりました。
いや〜、量子力学の難しさは相対論の比じゃないかと思いそうです^^;